第26回東京国際映画祭が始まった

もう26回目。コンペティション部門もあるが、あれ、受賞作って記憶に残っていない。カンヌ、ベルリン、ベネチアといった有名な賞は、ハリウッド的でないもの、非アカデミー賞的なものを受賞作に選ぶ、伝統というか意地というか依怙地さが、かわいい。しかしやはり商業的な成功も目論んでいるしたたかさも感じられる。

そこへ行くと東京国際映画祭はどうであろう。

26年前は、薬師丸ひろ子、原田知世、渡辺典子ようする角川映画全盛期、日本映画界の遺産である黒澤作品をオープニングに起用したりと国産映画でこじんまりとスタート。

その後は日本映画の凋落とともに、あまり話題に上らない。コンペティション部門の受賞作が話題に上ることはなく、これから上演される映画、ハリウッドの有名俳優を呼び寄せて、レッドカーペットを歩かせる見本市のような、まさに「お祭り」のような映画祭になっている。

有名俳優が「神輿」と考えると、なるほど、その通り。コンペティション部門受賞作は、ひっそりと公開されない「ご神体」と考えるといいかもしれない。

日本映画も一時の低迷を脱出したようだが、変な棲み分けができている。「相棒」「踊る大捜査線」タツノコプロ実写シリーズと、日テレ、フジ、朝日のTV局制作映画、○○制作委員会という、スポンサー、作り手、広告代理店のその場限りの映画。アニメ、ドラえもん、仮面ライダー、戦隊もの。純文学風の低予算の映画。アイドル売出し用の映画・・・。ある意味すそ野が広いのか、様々な映画がある。

興業的に失敗もあるようだが、現在は、まず「マーケティングありき」で映画製作が始まる。こういった層に対し、こういったコンセプトで。こういう予算の中、この俳優・女優を起用して・・・・、これらの制約の中で監督は映画を撮るので、やりにくいこともあるかもしれない。「俺はこういう映画を撮りたいんだ、スポンサーがなんだバカヤロー」といえる監督は今ではほとんどいないだろう。黒澤明、大島渚は、まさにそういう監督だっと思う。

最近、ダウンタウンの松ちゃんが、「R100」というのを公開し、あまりの不評に話題になっている。私は見ていないが、ダウンタウンの松ちゃんは、吉本興業が好きに映画を撮らせてくれているのだと思う。「俺はこういう映画を撮りたいんや、スポンサーがなんやアホ~」と小声だったらいいそう。不評すらも彼らしいと言える。この後の作品こそ、彼の真価が問われるが、こういう監督が一人でも多くいる方が、私にとっては面白い。

東京国際映画祭もそろそろ、「らしさ」を出してもいいのではないだろうか?