舞台芸術の歴史 4

【記紀の時代の舞曲 日本の演劇の始まり】

 日本の演劇を語る場合、必ず出てくるのは『日本書紀』『古事記』です。中国の歴史書以外で、日本のことを書いた書物で最古のものがこの二書で、日本の神話の中で演劇らしき叙述部分は、天岩戸に隠れた天照大神の興味をひくため、岩戸の前でアマノウヅメが踊りを舞ったと言う部分になります。

 天照大神は乱暴者のスサノオのことをかばっていましたが、ついに堪忍も限界に達して、天岩戸に隠れます。太陽神である天照大神の不在は、暗黒を意味し、天体の異常、王位の空白と言ったことを連想させます。この天照大神を引っ張りだすためにアマノウヅメが舞を踊るのですが、これがけっこう淫らで、日本人の性のおおらかさは、この辺に起源があるのかもしれません。何か楽しいことをしているな、笑い声が聞こえる、ということで、ついつい岩戸の外に引っ張りだされてしまいました。

 この物語が、当時の大和地方の権力者、とりわけ天皇家をめぐる政変を伝えているかどうかは歴史家の先生にまかせて、日本の芸能史のスタートとしましょう。

 

 

【散楽と雅楽】

 縄文時代の土器や装飾品を見れば、実用性のない、何か儀式か、それこそ演劇で使ったような装身具もあります。日本でも原始的な演劇、舞踏は合ったと考えられます。その後、大陸から農耕文化が入り、豊穣な収穫を祝う祭礼、神々に奉納する神楽のような芸能ごとがあったと考えられます。日本の芸能は中国の影響、朝鮮半島の影響も受けています。影響と言うより、そのまま入ってきていると考えられます。軽業、奇術、人形つかい、踊りといった娯楽性の高い総称して『散楽』と呼ばれるものです。シルクロード経由で、中央アジア、西アジア、遠くエジプトやローマの技芸がやってきたと言われています。

 その頃の世界都市、唐の長安の道々で繰り広げられる西域や天竺から来た曲芸師たちも同じことをしていたかもしれません。司馬遼太郎や、井上靖の小説の中の長安の路地裏にいた人たちで、もしかしたら、はるばるロマの人たち(ジプシー)もいたかもしれません。

 このロマの人たちですが、ヨーロッパではユダヤ人と同じく迫害にあっています。特定の場所に暮らさず、旅から旅の生活、まさに放浪の民なのですが、このロマの呼称は、発祥の地とされる北インドのロマーニ族に由来しますが、学問、芸術、政争に、戦争、人間そのものをこよなく愛した古代ローマ人を連想してしまいます。

 

 さて、その『散楽』ですが、正規に宮廷に認められたものは、『雅楽』になります。日本の面白い所は、この『散楽』が後の『猿楽』『田楽』に変遷していきます。やがて、『猿楽』は、世阿弥、観阿弥を経て『能』になり、武家の支持を得て、また、禅宗などの影響を得て、日本の芸術に確固たる地位を築くことになります。さらに『能』からは、日本の芸能の代名詞とも言うべき『歌舞伎』が生まれます。『散楽』の人形つかいも時を経て『文楽』になります。宮廷公認の『雅楽』以外にも、こんなに芳醇な舞台芸術を育てる日本と言う文化的土壌は、すばらしいの一言ですね。

美術全般に広げると、同じく禅宗の影響を受けた『茶道』『華道』。庭園芸術の小堀遠州や、工芸品の本阿弥光悦、大和絵を発展させた狩野一派、秀吉の朝鮮出兵時に隆盛した『茶道』の影響を受けて『陶芸』も発展しました。多くの陶工が日本に連れられてきましたが、日本では、現在でも、その技術、芸術性を連綿と保ち、人々も大切にしてきました。本国の『陶芸』は廃れ、韓国陶芸が復活したのは第二次世界大戦後。韓国の近世近代はいろいろ事情があったのでしょうが、日本の文化的土壌が特殊なのかもしれません。芸能を生業とする人々は差別の対象ともなりましたが、一方で、芸能と言えども技術を持つ人への尊崇の念を持ち大切に扱うのは、この国の国民性なのかもしれません。

 

 劇作家の平田オリザさん風に言うと、日本語は、遣唐使が廃止されて以後、他国の言語に影響されないまま、現在を迎えた非常に珍しい言葉。交通手段が発達し、交易が広がり、様々な言語が互いに影響し,ある言語は廃れ、ある言語は変容しという影響を日本は受けなかったという。その分、対話という形式に不向きな言語であるのが、劇作家としての悩みのようです。

 『ガラパゴス化』とは、日本製携帯電話が、日本人向けの特殊な機能を競っている間に、グローバル市場での競争力が無くなり、シェアが低下している様子を言う言葉でしたが、日本お芸能や美術は、とうの昔に、そのガラパゴス化の中で熟成され、成熟した文化に育っていました。(江戸時代の鎖国が最期の熟成を完成させました)

 もちろん芸術は工業製品のように競争し、金儲けを義務づけられたものではありませんから、悲観的になる必要はありません。

 ただ、楽しめばいいだけなのです。そしてただ楽しんで、大切に守ってきたのが日本人なのです。